一度は断念した山形行きでしたが、
やはり気になって仕方がありません。
逃げられると追いたくなってしまうのは男の性でしょうか?
何がそんなにも気になり引きつけられた言葉なのか?
それから3ヶ月後、
去年の正月に青春18きっぷで旅をしようと思ったときに、
先生のお顔を駅でちょっとでも拝見できればいいなと思い、
凝りもせずにまた連絡をさせていただきました。
そして、
「こちらの方に来るのならば、どうぞ」と困惑気味に言っていただきました。
ですので、駅でお顔を拝見し、雪の山形を見て、
すぐに失礼をしようと思いました。
それから50年間、
テレビや新聞で「山形」と耳にするたびに、
山形のサクランボを八百屋やスーパーで目にするたびに、
この会話のことを思い出していました。
でも、なかなか
「真っ白な山形を見に行く」という行動は実行できませんでした。
一昨年、いろいろ悩んでいたとき、
もう一度保育の原点を探りたくなるときがありました。
そして、伝手をたどってなんとか先生の連絡先を教えていただくことができました。
「ひゃー、懐かしい!」なんて言葉を期待して
ドキドキ電話をしてみましたが・・・。
T先生は、僕との約束のことは覚えておられませんでした。
それどころか、僕のことも覚えていませんでした。
でも、
「約束をしたのだから、機会があればどうぞ」とも言っていただけました。
僕は、ちょっぴりショックで
もう、山形には行けないなと思ってしまいました。
だって、僕のことを少しでも覚えていただいてたのならともかくも、
覚えてないとまでいわれたのなら・・・。
浜松に雪が舞った日なのか、
とっても寒い日だったのかはよくわかりませんが、
幼稚園の保育が終わって、
集団降園で歩きながらの会話のことです。
僕 「わー雪だ。」もしくは「先生、今日はとても寒いね」
T先生 「私の生まれ育った山形はね、冬になると、野も山も町もみんな真っ白になっちゃうよ。」
僕 「ほんと?すごいなあ!」
T先生 「ホントよ」
僕 「そんなとこ一度見てみたいな」
T先生 「大きくなったら山形に見においで」
僕 「ほんと?行っても良いの?」
T先生 「いいよ」
多分こんな会話だったと思います。
なにげない普通の会話でしたが、
僕にとっては忘れることのできない会話でした。
T先生は僕が幼稚園の時にお世話になった先生です。
僕が年中の時に一年だけお世話になった先生でしたが
忘れられない先生の一人でした。
多分、新卒で初めての年中さんの担任を受け持ったと思います。
市民会館のホールを借りての「お遊戯会」と称する発表会は
新卒の先生にとっては大変だったと思います。
保育技術や豊かな経験があったわけでもないと思います。
それなのに忘れられないのはある会話をしたからだと思います。
今日は僕の57回目の誕生日でした。
いろんな人からお祝い(?)メールや贈り物をいただきました。
ありがとうございました。
そして、夜9時過ぎに突然、電話がありました。
去年のお正月に50年ぶりの再会をした山形のT先生が
「今日、亡くなった」という悲しい知らせでした。
僕が幼稚園児(5才)の時、新卒の先生(当時20才ぐらい)でした。
幼児教育の原点を教えてくれた大事な人でした。
T先生ありがとうございました。
藤田浩子さんとの共作
「自己紹介ぱたぱた」の製作が終了しました。
でこぼこ工房の片隅で作られたぱたぱた製作作業台です。
組木のおもちゃの面取りで手が疲れたら、
ぱたぱたを製作していました。
接着剤が乾くまでまた組木を作っていました。
そして疲れたらぱたぱた製作をと・・・
その繰り返しが終わってしまいました。
ありがとうございました。
今年も「のはらうたカレンダー」申し込みの季節がやってきました。
去年の記事はこちらです。
一昨年の記事はこちらです。
くどうなおこ と のはらみんな 作の「のはらうた」(童話屋刊)という詩を
山口在住の版画家「ほてはまたかし」さんが木版画で作ったカレンダーです。
カレンダーの上部のとじしろは本物の木で綴じられており、
飾っておいても素敵です。
紙はケナフ紙で作られています。
一部1,785円(消費税込)です。
でこぼこ工房から注文をいただければ、
保手浜孝さんのサインを書いてもらえます。
来年は辰年なので
『ことしのぼく』の『たつのこたかし』君がメインでカラー刷りです。
ちなみに「
でこぼこたかし」くんは未年です。
版画家の保手浜さんもたかしです。
干支は???
ことしは、
ウサギも亀も出てきませんが、・・・
[ のはらうたカレンダー2012年版 ] の続きを読む